文語文 練習帳

文語文を用ゐてエッセイ的の文章をつづる練習帳。

『劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き』を見てカメラマンの忍耐に感謝す

 吾人、犬派・猫派で言はば明確なる犬派なり。然りと雖も猫をも大いに好みたり。殊に近年、猫へのシンパシイを増したるやうに思はる。

 吾人の好みたる猫の姿の一つに、その横顔あり。何かを熱心に見つむる猫の横顔は、真剣でありながら何故かそこに或る種の"をかしみ"が感得せらるる也。

 

 猫の写真家として高名なる岩合光昭の監督・撮影『劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き あるがままに、水と大地のネコ家族』を映画館にて鑑賞せり。


『劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き あるがままに、水と大地のネコ家族』特報60秒

 

 幸か不幸か(吾人にとりては幸、劇場にとりては不幸)席はガラガラなりしかば、三密のプレッシャーを感ずることなく鑑賞することを得たり。

 さて本作は、NHKにて放送せられたる『岩合光昭の世界ネコ歩き』なる番組の劇場版にして、内容的には映画ならではといふ感じはあまりせざるが、猫が活き活きと動きたるを見るに、大画面に越したることはなし。『劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き あるがままに、水と大地のネコ家族』といふタイトルもいささかとっ散らかりたる感あれど、上述の如くテレビ番組の劇場版なれば、これは『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』やら『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』やらと同じと思はば さしたる違和感もなし。

 

 舞台は北海道の牧場とミャンマーの湖上住居と也。この二地点を数往復する形で、双方の猫らの生活が一年にわたりフィルム上に繰り広げらるるなり。

 両編とも面白き映像に満ちたるが、吾人はミャンマー編をとりわけ面白く見つ。猫と人間との距離感 絶妙にして、猫はその家にて飼はると言はんよりはその家の人々と共に暮らしたる様子なり。このやうに言葉にせば些か陳腐なるが、その様子が実際に映像によりて伝はり来たる点、甚だ良し。また、人間の猫への愛情が確かに猫に通じたることが映像より伝はり来たる点もまた実に良し。

 加へて、ミャンマー・インレー湖の風景良し。湖の上に家を建てたる水上生活(映画に登場せる一家は大工仕事と漁業とによりて生計を立てたり)は、最初は異様に見えたれども、見進むる内に、むしろこれこそ人間のあるべき生活様式ならめと思はれ来。それほどに穏やかなる風景なり。小さき手こぎボート(モーター補助付)にて漁に出でたるに、舳先に数匹の猫乗りて前を見つめたるシーン、実に良し(ビヨっと湖に跳び込みたるシーンは必見なり)。上昇するドローンによりて湖の様子が段々広がりて見ゆるシーンも印象的なりき。

 他方の北海道編にも面白き映像豊富なり。ただ、環境の過酷なることと猫の数多くして縄張り争ひなど有ることとにて、切なきシーンも見えたり。吾人が最も悲痛に感じたるは、兄弟の子猫 住処の前の杭に登りて遊びたりしが、冬の風邪にて一匹しか生き残るを得ず、その猫 大きくなりて一匹にて所在なげにその杭に登りたるシーンなり。

 

 さやうなるシーンもありはすれど、もちろん本作は基本的には人の傍らに生きたる猫々の色々なる姿を楽しく眺めしむる映画なり。そのめくるめく映像には、心底感心せらる。これほど多様なる猫の姿をフィルムに収めん為には、膨大の時間と労力とを費やしけむこと、想像に難からず。何しろ相手はかの猫なり、演技せしむる能はず。その猫を相手に、ひたすらに好シーンの偶発を求めてカメラを向け続けたるその蓄積によりて作り上げられたる作品なり。カメラマンを筆頭とする諸スタッフの愛情と忍耐との賜と言ふべし。その貴重なる成果物を、いささかの対価によって見ることを得る、実に有難しと言はざるべからず。

 映画として体裁のために、猫の暮らしに過剰に「物語」を見出さんことを危惧したれど、(さういふ点も無きにしも非ずとは雖も)その点を強調したる作りには非ざりしことも好印象なり。

 また、映画なれば映像がメインなるは当然ながら、写真家としての岩合光昭の仕事も反映せられたる作りになりたるは良き工夫と思ふ。

 BGMやナレーションの比較的控へめなるも良き点なり。欲を言はば、もっともっと、極限まで減らし呉れたくは思へど。ただ、テレビの動物モノにしばしばある、足音等に効果音を付けたり果ては喋らせたりするが如き愚の骨頂は、この映画一切犯したらず。当然のこととは雖も、本作未見の諸賢 この点 安心せられよかし。