文語文 練習帳

文語文を用ゐてエッセイ的の文章をつづる練習帳。

文語文の硬と軟と

 硬と軟とを使ひ分くるはエッセイの勘所と思はる。

 一例として、最近ナンシー関のエッセイ集を読み居れるが、かの人は「~である」式の硬き表現を旨としつつ、そこに「~だけど」「わからん」式の砕けたる表現を巧みに織り込む。更に「~ました」「~ですね」の如き丁寧体を稀ながら用ゐること、スパイスの如くして極めて効果的に響けり。

 また丸谷才一 エッセイにて「~だ」「~である」式を一応の基調としつつも「~でせう」「~ぢやないか」の如き語法を随所に織り込みて親しみある雰囲気とリズムとを作りたることも印象深き也。

 さて かやうなる硬軟の織り交ぜを、文語文にても成し得るや否や。

 まづ丁寧体は、選択肢としては「侍り」または「候ふ」によるならんが、「侍り」は古式に過ぎて用ゐ難し、勢ひ「候ふ」の使用と相成らんが、これはこれで、いはば「色」の付き過ぎたる語にして自然には使ひ難きかと思はる。ただ、ナンシー関が丁寧体を用ゐしが如く低頻度にて織り込む分には可ならんかとも思はる。実験致したく候。

 また、「~であるが」と「~だけど」との如き、硬軟の使ひ分けにつきては如何にせまし。文体的色合ひを付する方法としては、例へば和文調(~せさせ給へど、~まほし、の類)と漢文訓読調(いづくんぞ~べけんや、いはんや~をや、の類)の採り入れなど考へらる。前者は流麗優美・後者は荘重堂々の雰囲気を出だすに役立つべし。されど、硬軟の対比には寄与せざらん。何となれば、今の世に在りては和文調・訓読調、いづれも硬と感ずべくも軟とは感じ難ければ也。

 いま按ずるに、むしろ文法的以外の語彙によりて"軟"を表出すべきには非ずや。例へば台所・厨房と言ひ得べきところを敢へてキッチンと言ふが如き選択なり。またテレビゲームと言はば済むところをわざわざ任天堂スイッチと言ふが如き選択なり。

 文語文自体 現今の社会において明らかに"硬"に振り切ったる言語表現なる以上、硬軟のバランスは主として"軟の表出"に意を用ゐるべきかと思はる(さは言へ、「~と言はざる可からず」の如きゴテゴテしたる表現を放り込むもまた文語文の楽しみの一つなり)。