文語文 練習帳

文語文を用ゐてエッセイ的の文章をつづる練習帳。

欲しけれどもなかなか買はれぬ物

 欲しけれどもなかなか買はれぬ物――吾人にとりては腕時計これに該当す。

 腕時計、之を趣味とする人は当然何本何十本と所有し給ふらし、しかるに吾人にはその度胸無し。なんとなれば、既に我が右腕には一本の腕時計(CASIO F-91W-1、当時868円)の巻かれたれば也。

 既に一本の腕時計を所有し、且つ全く以て申し分なき働きをし居る以上、これに加へて新たなる一本を購はんとすることに吾人は無視すべからざる心理的抵抗感を覚ゆ。これは言はば、時計を道具と見居るが故也。

 翻って、ここに別の見方有り。

 すなわち腕時計をファッションの一項目(アイテム)と見る見方、是也。例へば複数のジャケットやネクタイを使ひ分くるが如し――尤も、吾人は普段ジャケットも着ずネクタイも締めざるが――と考ふれば、腕時計を複数所有することも全く不合理に非ざる也(若しくは、複数のジャケットやネクタイを使ひ分くるは不合理也。これもまた有力の説なるべし)。

 さは言へど、ジャケットやネクタイと腕時計とは相異なれり。すはなち前者は衣類也、後者は機械也。衣類は同種の物を複数所有すること自然なれど、機械はさに非ず。携帯電話もタブレットデジタルカメラもビデオデッキも、吾人各々一つを所有せるのみ。如何に日々身に伴ふものとて、時計をその例外とせんとの決心に至ることは是 難し。

 されば、様々の要素重なりてこの決心に至れる場合においてのみ、やうやく吾人新たなる腕時計を購入することを得。「様々の要素」としては、例へば次の如きもの有り。

 

(1)希求:そもそも欲しからずんば新たなるものを購ふ必要なし。

(2)希求の正当化:例へば、現在使用せるものの故障 乃至 紛失。これ起こらば比較的躊躇なく新たなるものの購入に至る。その他、「いま欲しきこの○○は既に所有せる××とは異なれり」と自己 乃至 他者を説得するに足る理由(例:より多機能なり、より高性能なり、より簡便なり)。

(3)適切なる機会:例へば誕生日、クリスマスなど。家族より「何を欲するや」と問はれて「何も欲せず」と答ふるは印象悪かるべし。

 

 さて、かやうなる諸要素の複合的に生じたる(または生ぜしめたる)結果として、吾人ここに目出度くGショックを入手する運びとなれり。まづはサンタクロースに感謝すべし。

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満足