文語文 練習帳

文語文を用ゐてエッセイ的の文章をつづる練習帳。

ビル・エヴァンスになる

 パソコンに付きたるキーボードと楽器のキーボードとは、名を同じうするだけありて、用途は異なれども叩くときの動作はよく似通ひたり。諸賢は、パソコンにて文字を打ち込むときにスティーヴィー・ワンダーに成りきりたる経験ありや。愉快なる気分をもたらすものなれば一度試さるべし。あるいはグレン・グールドに成りきりてメールを打たば、時候の挨拶にすら深遠なるムード醸し出さるるものなり。

 さて、先日インターネットにて『JazzKeys』といふサイトのあることをたまたま知りぬ。

 これは黒いスクリーンに文字を打ち込むだけのものなれど、その文字入力に応じてピアノの音の出力せらるる点、またその音の連なりの、あたかもジャズピアノの即興演奏のごとく響く点にその特色ありとす。すなはち、パソコンのキーボードと楽器のキーボードとを無理矢理に合一せしめ、文字の入力がすなはち音楽の演奏となるなり。

 吾人も早速試みたるが、キーボードを打つ指の動きに即応して "それらしき" フレーズ淀みなく流れ出づれば、確かに気分はこれピアニストなり。今まではいくら顔面の表情をスティーヴィー・ワンダーに似せたりとて実際に出づる音はただカタカタといふ無機質の打鍵音のみなりき。されど今はさにあらず、確かに我が指が音楽を随時生ぜしめたるなり。この驚愕! この愉悦!

 また、出力したる「作品」をプレイ・バックする機能のあるも、粋なる仕様と言ふべし。下は吾人による作なり。

 上記のごとく出力音はジャズピアノ風味なれば、スティーヴィー・ワンダーグレン・グールドには似つかはしからねど、例へばビル・エヴァンス如何。吾人、「フラメンコ・スケッチ」(マイルス・デイヴィス『カインド・オブ・ブルー』所収)5分56秒よりのエヴァンスのソロを、史上もっとも美しき音楽演奏の一つと認むる者なるが、この『JazzKeys』にて文章を打ち込む時は、それに肉薄する陶酔・・・には至るを得ざるも、少なくとも彼と同じき土俵に立ちたるやうなる大錯覚を得ることには成功せり。

  極めて残念ながら漢字や仮名の入力にはいまだ対応せずして、これを楽しむにはアルファベット入力のみなれば、吾人にとりては実践の機会に乏し。ただ仕事にて時折英文メールをひねり出す必要ある際には必ずこれを用ゐることとせり。

 またこれを玩ぶ内に吾人、一つの好(よ)き着想を得つ。すなはち「合奏」の実現なり。YouTubeには楽器の練習のための「ループ演奏」の音源多く投稿せられたり。その中の、ジャズ・ドラムのループ音源(テンポの遅きぞ良き)を再生しつつこの『JazzKeys』にて文章を打つによりて、ソロ・ピアノよりピアノ・デュオへと発展せしむるを得(う)。ソロよりも一層 音楽を作りたる気分を高むるものなればオススメなり。