文語文 練習帳

文語文を用ゐてエッセイ的の文章をつづる練習帳。

持ち越されたる感情

 わあああああああ、と泣き声をあげながら目覚めたり。11月のある明け方のことなりき。

 

 号泣の由来は、言ふまでもなくそれまで見たる夢にあり。もしそれ過去のトラウマやら将来への不安やらを反映したる夢ならば、一種の"さま"にもならんが、実際には、全くのフィクションの夢なりき。

 目覚むる直前の映像を、吾人は今も脳裏にありありと描くことを得(う)

 

 それは夕暮れの野原なり。空は暗き紅に濃紺の交じりたる。遠くには黒き影絵と化したるビル幾棟か突き出したり。吾人の視点は、その野原をやや上方より見下ろす位置にあり。野原の中央には、一匹の茶色なるトイ・プードルの仔犬ありて、吾人の方を見上げたり。

 ・・・この一情景に吾人の涙腺は崩壊せるものなるが、その理由を説明するには、この夢を ま少し遡る必要あり。

 この仔犬の話題は、同じ夢のearlier partに出でたりき。さうして、その夢の中の"設定"として、「その仔犬は某日に死す」といふことすでに決定しゐたるなり。

 さて、先の野原に吾人の居たる時、それこそ上記の「某日」、すなはち仔犬の死すべき日なれ。その日に仔犬の現れたるは、すなはち、世を去る前に彼は吾人に会ひに来呉れたるといふことなり。

 その黒く丸き視線を受けたる瞬間に、吾人 感情をあらはにしつつその犬のもとに駆け下りんとしつるに、目さめぬ。

 

 かくして、弾けたる感情のみ、現実世界に持ち越されたるなり。しかして仔犬は今だに瞼の裏に在り。